千葉県立中央図書館の歴史的・文化的価値について(概要)

保存活用のための取り組みを行っている千葉県立中央図書館について、
これまでの経緯と歴史的・文化的価値について日本建築学会が提出している保存要望書・見解(作成担当:藤木竜也)をベースにしてまとめておきます。


[ 千葉県立中央図書館に関する足跡・事跡 ]
1922(大正11)年:東宮殿下御成婚記念事業として千葉県図書館の設置が千葉県議会で可決
1924(大正13)年:物産陳列館の一部を仮館舎として千葉県図書館が開館
1934(昭和  9)年:千葉県図書館の新館舎(渡辺仁設計)が竣工
1968(昭和43)年:「千葉文化の森」と呼んだ一連の文教施設建設計画を締めくくるものとして千葉県文化会館・聖賢堂(共に大髙正人設計 1967年)に次いで、現在の千葉県立中央図書館(大髙正人設計)が竣工
1970(昭和45)年:建築業協会賞(BCS賞)を受賞
2003(平成15)年:DOCOMOMO Japan選定建築に選定
2006(平成18)年:耐震診断の実施 Is値0.25の結果により一部耐震強度不足が判明(日本工業経済新聞 2012年8月3日)
2012(平成24)年:耐震改修を計画したが、特殊な構造形式と高額な耐震補強費用から断念(日本工業経済新聞201283日、千葉日報2013615
2018(平成30)年1月:「千葉県立図書館基本構想」が策定され、3館体制(中央・西部・東部)の県立図書館を1か所に集約する形で新図書館建設の方針が示される
2019(平成31)年3月:日本建築学学会より保存要望書が提出される
2019(令和元)年6月:「新千葉県立図書館等複合施設基本計画(原案)」が策定され、新県立図書館を青葉の森公園内に建設することを発表。将来的に千葉県立中央図書館が図書館としての役割を失うことが決定的となる。


[ 千葉県立中央図書館の建築概要 ]
所在地:千葉県千葉市市場町11-1
設 計:意匠 / 大髙正人(大髙建築設計事務所)
    構造 / 木村俊彦(木村俊彦構造設計事務所)
    設備 / 井上宇一(早稲田大学井上宇一研究室)+大瀧設備
施 工:戸田建設
着 工:1967(昭和42)年3月30日
竣 工:1968(昭和43)年6月30日
構 造:プレストレスト・プレキャストコンクリート造一部鉄筋コンクリート造
階 数:地上5階地下2階建
敷地面積(暫定):5,600㎡
建築面積:1,977㎡
延床面積:6,171㎡


[ 千葉県立中央図書館の歴史的・文化的価値 ]
日本建築学会から提出された千葉県立中央図書館の保存要望書に伴われた「千葉県立中央図書館についての見解」において、その歴史的・文化的価値を3点より示しています。
ここでは内容をいくらか抽出・整理して要点をまとめます。


①「群造形」によるメタボリズムの理念を実践し、千葉県の文化的象徴となる都市風景となって長く親しまれてきた歴史的価値

千葉県立中央図書館は、千葉県文化会館・聖賢堂に向けて斜面を利用した「エスプラナード」(esplanade:遊歩道)として一体的に「千葉文化の森」を構成している。建築家・大髙正人によって連作で設計された千葉県立中央図書館 [床スラブによる水平的表現] 、千葉県文化会館 [HPシェル壁面による鉛直的表現] 、聖賢堂 [壁柱でヴォリュームを掲げた立体的表現] は、それぞれ造形表現を違えて対比させることで、これに先立つ1960(昭和35)年にメタボリズム・グループの一員として、大髙が建築家・槇文彦と共に提唱した「群造形(グループフォーム)」を実践したものである(三浦功「設計過程の問題点」、『建築』196810月号収載)

千葉県立中央図書館では敷地形状より生じた高低差を活かして各所にエントランスを設けて「エスプラナード」へと通じるように計画しており、敷地の高低差を巧みに活かして多様にかつ動的に内外を接続するものとしている。「千葉文化の森」は、外部空間をつなぐ「エスプラナード」に加えて千葉県立中央図書館・千葉県文化会館それぞれの建築内部にも「エスプラナード」が挿入されて、これが内外を複層的に接続して敷地全体にわたって有機的な環境を築くものであったことは、これらが公共建築かつ文教施設という高い親和性をもつ建築的性格から生み出された「群造形」のあり方を示している。そして、このことが50年という長きに亘って千葉の文化的象徴としての都市風景となってきた高い歴史的価値を認めるものである。


② プレファブリケーションを芸術的表現にまで高めた「プレグリッド・システム」を実践した技術的価値

千葉県立中央図書館は、構造家・木村俊彦が考案した「プレグリッド・システム」と呼ぶ2.4mグリッドをモジュールとする60㎝厚のプレキャストによるプレストレストコンクリートの格子梁を平面的に展開し、これをプレキャストコンクリートの柱で構築するという構法・構造システムを採用している。この「プレグリッド・システム」は、柱・格子梁(床版)ともにプレキャストコンクリートとすることと、あらかじめプレテンションされた連続する十字梁同士を接続する際に交差する向きでポストテンションをかけるという2方向にかけられたプレストレストコンクリートを用いたという点で革新的かつ独創的な工法であった。

千葉県立中央図書館では「プレグリッド・システム」が建築の建方を規定するにとどまらず、これがファサードに表出して建築の造形を形づくるものとなっている。プレファブリケーションを芸術的表現にまで高め、かつこれを「プレグリッド・システム」で実現したという、わが国の建築文化に資する高い技術的価値をもつものといえる。



③ 建築家・大髙正人の掲げた「PAU」の建築理念を高い水準で実現させた代表的建築作品である

千葉県立中央図書館を設計した建築家・大髙正人は、東京大学第二工学部建築学科に学び、大学院に進学して1949(昭和24)年から前川國男建築事務所に勤めて建築家・前川國男(1905年‐1986年)に師事した。在職中に設計チーフとして担当した東京文化会館(1961年)完成後の1962(昭和37)年に大髙建築設計事務所を設立して独立した。以来、およそ半世紀に亘って建築家のみならず都市計画家としても戦後日本建築界に多くの足跡を残した人物である。

大髙正人は自身の設計事務所を設立する上で、自らの建築作法として「PAU」を標榜した。「PAU」とはPPrefabrication / AArt&Architecture / UUrbanism の統合を目指すというものである。千葉県立中央図書館は「プレグリッド・システム」を採用することでプレファブリケーション[P]による美しい建築[A]を実現し、さらに「千葉文化の森」を構成する文化施設として「群造形」による都市風景[U]を創出したものである。建築史家・山本学治が「PAUという信条の具体化」(山本学治「豊かな可能性を秘めたシステム」、『新建築』196810月号)と評したように、千葉県立中央図書館は建築家・大髙正人が掲げた「PAU」を高次元で統合したものであり、その理念が極めて純粋な形で表れた建築作品として優れた建築的価値が認められる。


コメント